65歳になるパーキンソンの警備員が居て、
左手を震わしながら右手で誘導棒を回して、バスの誘導をやっている。
週に3日の当務(24時間勤務)をこなしているから、俺よりずっと体力があって、
お客さんの覚えも良く中々に評判で、個人的にバス停のマスコット爺と呼んでいます。
彼曰く、この病気はどこに出るのか解らないらしい。
30代で首から上がパーキンソンにかかった男が居て、仕事が無いと言う。
「えっ、首がかかると仕事ができないの?事務は出来るんじゃないの」
「駄目でしょう、いつも頭を振っていちゃ、仕事ができないでしょ」
病気にかかっている人は大変だし、申し訳ないが、こんなんだよと、頭を振って笑わせてくれた。
急がなければ読み書きは出来るようにも思うが、仕事としてやるには難しいのだろう。
彼は何ヶ月かごとに病院に通っていて、そのたびに1万いくらか払っていたのだが、
違う病院に行ったら、千いくらしか取られなかったので、どうも今迄払いすぎていたらしいと言う。
「払い過ぎが戻って来るとしたら、結構な金額が戻って来るのではないの」
「うん、良い金になるよね、前の病院に行って確かめてみる」
そう言って、何となく嬉しそうな顔をしていた。
時々に思い出しては、病院には行ったかと聞くと、
「まだ行ってない」
と言っていたが、
ある日「行った」に変わった。
「いくら戻ったのよ」
「それが、その、千いくらの方が間違いで、足らない分は払わなきゃいけない」
「なんだよ、それは」
結構なくらい笑った。
パーキンソン病は進行すると、月に20何万かの手当てが出ると、チョット自慢そうに教えてくれた。
「そんなに貰えるの、すげ〜難病じゃん、じゃ老後は安泰だね、、、安泰だけど、貰えるに越したことはないけど、貰うようになっても嬉しくないな」
「、、、、、」
一瞬の間があって、
「そうだな、嬉しくないな」
10 マスクを外したマスクマン
多摩川競艇場で、いつもマスクをしている警備員がいた。
上の前歯が3,4本無くて、根元が黒かったから虫歯で無くなったのだろうか。
それでいつもマスクを着用していたのかと思う。
「スースーして喋りにくいから、歯医者に行かなきゃ」
と言うのを何度か聞いた。
次の年、杉並区で私立の学校の新築工事が始まり、ほぼ2人で1年警備したのですが、
彼は暑い日も、寒い日もマスクをしていた。
時々は、鼻と口から外して、顎にかける事はあったが、それでもマスクを外す事は無かったのでした。
次の年は、別々の現場になって、たまに携帯で連絡するぐらいで、ほぼ1年会わなかった。
今年の4月から、バス停の折り返し誘導に行くと、彼はそこで前年から警備をしていて、相変わらずマスクをしていたが、前歯は真っ白く綺麗になっていた。
俺の上の前歯は1番安い差し歯で、別々の歯医者で入れたので、一見して左右の色が違うが、彼の歯は一様に白い。
「インプラントにしたの?」
「いやいや、そんな立派な物じゃなくて、入れ歯だよ」
「え?全部抜いちゃったの、根元は残っていたんじゃないの、もったいなくない」
「面倒クセ―から、上も下も抜いちゃった」
総入れ歯で、まだキチンと合ってないから喋りにくい、声を出すと飛んで行っちゃうから、今もマスクをしているのだと言った。
「バスは右に回って旋回します」
バックオーライ、オーライ、実際大きな声を出して誘導する。
「早く歯医者に行って直してもらわないと、だんだんにグスくなって本当に喋りにくくてしょうがない」
会話の途中で入れ歯が出て来て、手で止めて押し込んだりしていたから、
煩わしいだろうに、何時になったら歯医者に行くのかと思っていた。
6月になって月末の、雨模様の曇りの日。
この日も、かのマスクマンはマスクをしていた。
「声がおかしい。熱があるみたいだ、鼻水が出て痰が止まらない」
彼は警備の合間に水を飲んで、痰を吐きに行く。
少しずつ表情が重くなるようなので、
「支社に連絡して、誰かと後退してもらって休んだ方がいいんじゃないの」
と話しかけると、
「もう少し様子を見る、まだ大丈夫だ」
幾分口を開けて、はあはあしている様子だが、俺なんかと違って気力がある。
気がつくと、いつもマスク着用の彼が、マスクを外して誘導しているので、
「カゼをひいた時に、マスクを外すのはおかしくないか、どうして?」
と聞いたら、
「鼻が詰まっているから、喉には痰が詰まるし、口呼吸でマスクをしていると、苦しくて呼吸困難になる」
と答えが返って来た。
マスクマンが風邪をひいて、マスクを外す。
「くすっ」
ちょっとだけ微笑んでしまった。
春4月から、府中刑務所東門の警備に立っている。
「ツイー、ツイー、ビチビチビチ」
オスのメジロがかなりいい声で鳴いていた。
とくに午前中と夕方によく鳴く。
ほどなくもう一羽のオスが居る事がわかる。
「ツイー、ツイー、ツイー」
友か兄弟であろうか、毎日のように2羽は鳴き張り合う。
メジロ本文へ続く
刑務所で面会受付をやっていたら、
囚人との面会を終えたおばさんが帰って来て、
面会札を返しながら、
「またお礼を忘れた、どうしよう」
独り言をいう。
「これからも来るんだから引き返したほうがいいよね、お礼はしなきゃね、警備員さんどう思う」
「引き返して渡しても、物は受け取らないと思いますよ」
おばさんはキッとした目で俺を見て、
「物じゃないよ」
不機嫌そうに言った。
「、、、ぇ?」
「ことば、お礼の言葉だよ。今度で良いか、お礼はしなきゃ、な」
つぶやきながら帰った。
「、、、、、、お疲れ様でした」
参ったな、
自分の勘違いとはいえ、なんだかなあ、1本取られたって感じだった。
7、
1昨年の春から夏まで、最高裁判所の警備をしていました。国道を挟んで皇居の広い池があり、向かい側は皇居を周る歩道で、毎日大勢がランニングをしている。。
「毎日よく走りますね」
走る彼ら彼女らを見て、警備員はのたまう。
「俺たちは、日当7000円で雇われて、金を貰って1日立っているけど、あの人たちは誰に言われるでもなく、ひ〜ひ〜ぜ〜ぜ〜言いながら、タダで走って汗をかいている。俺もあの人たち見たく、タダで走るような身分になりたかった」
と言ったら、のたまった警備員達は笑った。
たまにですが、こちら側の歩道を走る、ピントのズレタ人もいます。
ある日、背の低い小太りのランニングシャツにランニングパンツ男が、ヨタヨタとゆっくりと走って来た。
何気なく顔を拝んだら、辞めた猪瀬知事そっくりの人だった。
6、
街宣車に乗ってアジったり、ビラを配ったりする人がいて、警察官も頻繁に通る。
「山松さん知ってます、警察官の持っている拳銃は、弾が一発しか入って ないそうですよ」
「へ〜、知らなかった、自分用にですか」
「自分用?」
「動いてる標的は1発じゃ当たらないでしょう。どじったり、失敗してまずい事やったら、国のために自分の頭か 胸を撃つためじゃないのですか」
「ブラックですねえ」
5、
警察やパトカーを「一番」と呼ぶらしいので、
皆でそろって敬礼をする事にする。
「一番」と言って、人差し指を上げて、前を通る警察官に、警備員3人が敬礼をすると、警察官は敬礼を返してくれる。
反対側から来た 女子高校性(中学生かも)が2人、困惑した表情で立ち止った。顔を伏せ恥ずかしそうにうつむいて通り過ぎ、そそくさと小走りになって、前を通って行った。
「、、、?」
多分、女子高校生は自分たちを見て、1番と言われたと思ったのでしょう。
4、
暑い日には、オッパイを半分出して、ミニで尻をプリンプリン振りながら、1メートルか2メートル先の歩道を通る女性も居る。
あんなに胸が、ユサユサ弾んで揺れているとは思わなかった。
そ知らぬ顔で立っているのですがですが、
「山松さん、今の敬礼は何?」
「え?敬礼」
「女の人のオッパイを見て敬礼したでしょう」
「あ、ああ、しましたね。あはは、そうですね、思わず敬礼したみ たいですね」
「なあにをやってんです、そんなの警備に無いよ」
「むむむ、おかしいな、何故敬礼したのかな、すみません気を 付 けます」
あまりにも立派だったので、無意識にと言うか、反射的に敬礼を してしまったのでした。
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俺がどれくらい若いか知らないのですよ。
身体の能力は7歳くらいですが、
頭はもっと若くて5歳くらいなんですよ。
自慢するわけではないが、来年はもっと若くなりますよ。
(夜の警備中、人も車も通らなくなり、
暇なので先輩の相棒に無線を入れたら
「私の立っているときにそんな話はしないでくれ」と
返事が返って来た)
馬鹿だとか、
仕事が出来ないとか、
どんなに蔑んだ悪口を言っても良い、
耐える事は出来る。
ただ、俺より面白い事を言うのは、
くれぐれもつつしんでもらいたい。
1、
本当の事を言おうか、
俺の別名は宮沢賢三と言うのだ。
雨にも負け、
風にも負け、
雪の寒さにも、夏の暑さにも負ける、
幼い頃から、耐える事のない軟弱な精神と
鍛えた事のないもろい身体を持っている。
俺はそういう人なのですよ。