山松ゆうきちのボロ小屋 <立ちしょんべん>
競艇場
入札
第9投票所からギャンブラー様宛。
本社ライジングサンの、良い評判はあまり聞かないが、
多摩川競艇を警備する、ライジングサン隊員の評価は高かったように思います。
どうぞ。
こちら朝礼中のライジングサン待機室。
「警備の仕事は、一円でも安く入札すると、権利はその会社に落ちます。
我々は、来年の入札に向けて、警備に落ち度が無いように頑張りましょう!」
副隊長は時に折にふれ、叱咤激励しました。
尚、多摩川競艇は主に青梅市主催で、
他に東村山、小平、国分寺、日野市など四市が担当執行しています。
どうぞ。
こちら待機室前廊下の喫煙所です。
「警備の仕事は、安く入札した会社に落ちると言う事ですが、
仕事と入札はどちらが優先するのですか?」
隊長は答える。
「警備に難があり、仕事に支障があると判断されればだ、指名してくれないのだよ。
指名されなければ、当然入札にも参加出来ない。
入札に参加出来なければ、我々のここでの仕事もなくなる訳だ」
「そんな心配をしているのですか。入札に指名されない事は無いですよ」
「マンガの先生は、何を根拠にだな、そのように思うのだね」
「ライジングは今年から競艇場の警備に付いて、最初は不慣れでとまどっていましたが、
今は他の警備会社に負けてはいません。
俺みたいなドジが集まっているのなら、入札に参加出来ないかもしれませんが、それなりに人材は揃っています。投票所の警備はライジングが一番でしょ。除外する訳が無いじゃないですか」
「そうは言ってもだな、警備長や青梅市の評価で参加出来ない事もありうる訳だ」
「無い、そのような事がこの世にある訳が無い」
俺は言い切った。
「現に始末書を何枚も書いて、事あるごとに警備長に呼ばれていれば、当然評価は下がるでしょうよ」
「始末書を何十枚何百枚書こうと、仮に警備長が、仕事の出来るライジングを排除するように、青梅市に報告書を出したとしたら、進退問題になると思います。首をかけてまで、入札拒否なんて馬鹿げた事をやる訳がない」
「マンガの先生がそう思うのは勝手だが、世の中はそう甘くはないよ」
「もし仕事の出来る者を排除する事になったら、物事の基礎が無くなり説明がつかなくなります。
青梅市のような行政機関がそんな事をする訳が無い。天地がひっくり返っても入札の拒否はありません。働き始めて間もない、いかに無知な俺でもそれ位の事は解かります」
隊長や副隊長が心配べきは、警備の仕事ではなく、入札の金額だろうと思っていました。
どうぞ。
こちら3月5日、休日の自宅。
隊員からメールが来た。
”この度ライジングは入札にすら参加出来なかったとの事です”
「え?。えええっ?」
ぎゃらぱんぽう。
驚き、桃の木山椒の木。
タマにだが、天がひっくり返る事がある。
どうぞ。
こちら3月10日の待機室です。
投票所警備は、隣の待機室を使う警備会社Fが取り、
北門と場内駐車場の警備はD警備が取ったと聞かされた。
Fは投票所警備をやった事が無く、ライジングの警備員をそっくりそのまま引き取りたいと言う。
「青梅市は、ライジング(会社)は嫌いだが、ライジングの警備員は欲しいと言う事らしいよ」
何なんだよそれは。
「ライジングを入札締め出した理由は、支社長にも解からないそうです」
「そんな馬鹿な答えはないでしょう。小学生だって、もっとマシな事を言いますよ」
どうぞ。
同日夕刻の待機室。
ライジングサン立川支社長が来る。
青梅市に入札の時期、参加の通知はいつ来るのかを、何度か電話で聞いたがいずれも担当者不在。この前5日に電話した時、多摩川競艇の入札がつつがなく終わった事を知らされたと説明。
「警備に就いているライジングに対し、何の連絡も無く扱うのはおかしい、一番怒っているのは私です。競艇場入札の真相を一番知りたいのも私です。情報開示を請求すれば、3週間か1ヶ月で回答してくれると言う事ですので、皆さんの要望があれば申請します」
と言い、隊員全員の意見として情報開示を求めるが、今の所ライジングにアクションは無く現在に至っています。
どうぞ。
ライジングサン隊員番号6番から、皆様。
いかなる理由でライジングが指名から外されたのか。
ライジング、Fと何故二年続けて、投票所警備の経験の無い会社が指名され入札を取れたのか。
警備に指名される基準は何なのか。
指名された会社は何社あったのか。
入札金額は幾らなのか。
俺には解からん。
聞けば、首を捻る者多数なれど、誰一人として解かる者はいない。
去年の秋、入札業者を集めて飲み会が行われたが、ライジングは呼ばれず、その時から業者は決まっていたとか、談合だとか、裏金が動いたとか、地元の会社が優先するとか、
全てが闇の中で黒い噂だけは耳に入る。
ライジングサンはこう言う理由で入札に参加できませんと、事前に通知しないで、姑息な手段を取ったと言う事は、いずれの噂も本当のようにも思う。
そして来年も又、一体何年続くのか、同じように闇の入札が行われる事でしょう。
どうぞ。
競艇場警備 冷凍庫
多摩川競艇場には、売り場が3ブロックある。
冷暖房完備で入場料千円の指定席と、冷暖房付きで無料の第1,第10投票所。
それと大屋根下の、第2,4,5,6、9投票所です。
6と9投票所には、上部に太いパイプが設置されていて暖房があるから、比較的寒さのゆるやかな日は温い空気が上から降りて来るが、酷寒になるとパイプの位置が高く全く役に立たない。
第2投票所には暖房はなく、正門、北門、水面方から冷たい風が吹いてくる。
第4投票所にも暖房は無い。
余の担当は、第9、第6、第4投票所の警備で、4人で30分、あるいは45分ずつ担当し休憩を挟んで廻していく。
9時から9投のポストに付くが、前夜半に溜まった冷たさが閉じ込められていて、立っているとジワジワ、シンシンと冷たく寒くなってくる。
冷蔵庫の中にいるような感じだろうか、動くと冷え、手を振ると指先が冷たい。
女子選手のパネル掲示の電源を入れ、現金輸送車を迎えて立ち、鉛筆を整理して、30分で次の交代が来るので第6投票所に回る。
9時半から天井に設置されたパイプに暖房が入るが、暖かさが伝わってくるのに時間がかかり、しばらくは冷たいままだ。
無線機の感度テストが入り、鉛筆とマークカードのチェックを開始する。
白手(白い手袋)を2枚重ねて付けているが、作業がやりにくいので、1枚、あるいは2枚とも外すと指が痺れる。
カードを置いている机は六台あり、1台か2台、多くても3台くらいチェックしたところで、次の人と交代して第4投票所へ移動。
第9、第6が冷蔵庫なら、第4は冷凍庫だ。
空気の冷たさが違う。
レースが行われる水面手前に大時計があり、平行に広場と階段状の客席が並んでいて、壁一つ隔てた建物の中が第4投票所で、両脇が幅3メートルほどの通路になっている。
通路は、水面からの風を集めて、暖房の無い冷えた冷凍庫をかき回す。
10時にもなれば、屋根の無い水面側の広場には、暖かそうな陽が当たっているのが見えるが、投票場を離れて日向に行く事はない。
吹き込む風の当たる正面に向かって”関西ボート”なる年寄りの予想屋が居る。
予想屋に交代は無く、一日中ここに立って仕事をするのは尋常でなく辛いはずだ。
前の前の開催から、この予想屋の姿が見えないので、
「休みですか?」
と隣の予想屋にたずねたら、
「そうみたいですね」
と答えていたのだが、前の開催にも今回も来ていない。
「入院しているらしいよ」
と聞いた。
開門は9時50分で、本場の投票は10時50分からだ。
場所によって違うが、芦屋競艇の場外は10時35分から発売が始まる。
モニターを見たり、カードと鉛筆を取ったりする客はいるが、大体は通るだけで、ここ第4投票場冷凍庫に留まるお客は一人も居ない。
ふと、酷寒の”シベリヤや北極近くに住む人で、アイスクリームを食べる人は居ないな”と思い、クスッと笑う。
かの地に住む人達は、人類の英知が作ったお菓子の名作、アイスクリームを見た人は居るのだろうか?。
テレビ映画や本で見たとしても、食べた人は居ないな。
うん、否。絶対にいない、思うだけでブルブル寒気がする。
40歳くらいだろうか、目を疑いたくなるような、信じられないものを食べながら、男はゆっくり歩いて来た。
このクソ寒い中で、アイスを食っていたのだ。
間違いではないかと、少し近づいて確かめたが、まぎれも無くチョコ形の最中アイスだった。
この人は何を思って食べているのだろうか。
凍てた中で氷は旨いのだろうか?。
60歳くらいだろうか、テレビのモニターを見ていたお客が、
「いやあ、昨日は参ったよ、買った券と古い券を一緒にポケットに入れちゃってよ」
お恐れ多くも、警備員の鏡にように毅然と立つ余に話しかけて来る。
「レースを見ながら、古い券はいらないからゴミ箱に捨てたんだよ。当たったんだけど7万いくらの当たり券が無いんだよ。古いのと当たったのを一緒に捨てちゃったんだな」
「え、ありゃりゃ、そうですか。捨てたばかりなら捜せばあるんじゃないですか」
余はあくまでも毅然と立ち、にぃ〜とニコヤカな笑顔で丁寧に答えた。
「掃除のおばさんはゴミ箱の回りを掃いているしよ、ゴミ箱は拾い屋が漁っているんだよ、ありゃしないよ」
「にぃ〜、落ちている物を拾っている人には、警備員は注意できないんですよ、すみません」
「俺が悪いんだけどよ。警備員には取り忘れた券を見つけてもらっって、助けてもらった事もあるから良いんだけどよ、参ったよ」
「にぃ〜、悪い事の後には良い事があるそうですが,悪い事の後にはもっと悪い事がおこる場合が多々ありますので、熱くならないように気をつけて下さい」
「あはははは、そうだな、だからよ、俺は1万円しか持って来ないんだ。アンタ歳いくつだい、70くらいかい?」
ギクッ、自慢する訳ではないが、俺は人間ができているから、失礼な63です等と狭心な事は言わない。
「ええ、、80なんですけど、いつも若く見られるんですよ、にぃ〜」
「そうかい、俺も40代だろうって言われて若く見られるんだけどよ、本当は58なんだよ、58に見えないだろ」
謙虚で優しい俺が、しゃしゃり出て、どう見ても60歳ですね、なんて答える勇気は持っていない。
「そうですか、若く見られていいですね」
お客に会釈して、発払い機の前を見回りに行くが、冷たい中を歩くと芯まで冷える。
2順目の4投票場の見張りは、12時から始まる。
天は曇り、風は増し、温度は上がらず1順目より寒く冷たく、お客はまばらで、寒そうに背を丸めて足を踏んでいる人も居る。
おお、おおおお、世は広く神は偉大だ。
今度は棒アイスを舐めながら、テレビを見ているお客が居るではないか。
一体冬の最中に、こんな物をどこで売っているのだ。
夏でも多めに食えば、頭が痺れて動けなくなる。
この人の頭の中はどうなっているのだ。いつも暖かいのだろうか?。
どうなっているのか知らんが俺のせいしゃねえ。
冷えに強い丈夫な身体の持ち主で、槍が刺さってもビクともしないようにも思うが、俺とは関係ない。
きっと、えらくタフで鈍感な腹なんだろうなと思うと、何だか可笑しくなってきて、後ろを向いて、くっ、くっ、くっと笑う。
そういえば、暑いインドで、煮立ったカレーの鍋物や、熱湯紅茶やコーヒーが振舞われ汗をかきながらすする。
大した違いは無いのかも知れない。
今日は1月29日。
まだまだ冬は続く。
小石
多摩川競艇場を警備する、ライジングサン待機室朝会で、
元警察官だと言う、班長がウンチクのあるお話をされた。
「私が学生だった頃。浪花千栄子と言う名女優が、どんな演技をする女優になりたいかと聞かれ、
演技ばかりではなく、人間としても水のようになりたい。
水は大きくもなり、小さくもなる。
田畑に利用され飲み水にもなり、瓢箪にもトックリにも入る」
質問したアナウンサーはそれを聞いて、このような大女優でも、周囲の人格を認めた上で、
仕事をされているのかと感じ、絶句して後の言葉が出てこなかったと言います。
だが俺は岩でありたい。
岩ほど大きくなくとも、道端に転ぶ石でいい。
風雨にさらされ、削られて小石になり、砂になり、土になろうとも、
海のように大きく、飛沫のように小さく、変幻に姿を変えられる、水のような賢明な賢さは無くてもいい。
転がされ、流され、踏まれて、チリのように砕けても、耐えて忍びない粒子となって空に混じり、
汚濁に溶けても、元は石だったと思いたい