山松ゆうきちのボロ小屋 <立ちしょんべん>

ある高名な大先生 (奥さん倒れる)


ある高名な大先生

 

         <奥さん倒れる>

りり〜ん。

「あ、山ちゃん、いつも酔っ払って電話してご免なさい、今大丈夫?」

「大丈夫です」

「昨日大変だったんだよ。うちの(奥さん)が倒れてな」

「えっ、倒れたの?、幾つになったんだっけ」

「俺より二つ下だから、う〜と六十四かな?」

「ああ、まだ倒れるほどの歳ではないですね」

「そうなんだよ、二つ上の俺が倒れないのに、何で倒れるんだよ」

「ああそれは、高先生は酒を飲んでよく倒れているからじゃないですか?。飲んでたら、何にも無くてもつまずいて倒れるんじゃないの。

石につまずいて転んで顔を擦りむいても、倒れ慣れしているから気がつかないんじゃないですか」

「あははは、そうだな。倒れ慣れしてるか。俺は気が弱くて身体は強いが、うちのは身体は弱いが気が強いんだよ。まだ大丈夫、休んでいれば良くなるからって言うから見ていたんだよ、身体がブルブル震えているんだよ」

「倒れて震えていたの?。危なくないですか」

「本人が大丈夫だって言うんだから、大丈夫だと思うだろ。丁度うちで寝てるおっかさんを見に来てくれている、ヘルパーさんが来たので話したら、すぐ救急車を呼んでくれたんだよ」

「良かったですね。自分で電話しようとは思わなかったんだ」

「そんな事まで解からない、だって俺は入院した事がないんだよ」

「そうですか、普通は奥さんが倒れれば電話するんですけど、気がつかなかったですか」

「ヘルパーさんが来てくれて助かったんだけど、俺に救急車に乗れって言うんだよ、大変だよ」

「まあ、普通は付き添って行くんじゃないですか」

「病院は、病人ばかりだよ。病気が移ったらどうするんだ」

「え?、あははは、そっちの心配の大変ですか。くっくくく、面白い。あははは、高先生は身体が丈夫だから、病院へ行っても大丈夫じゃないの」

「くくく、そんな事はない、あはははは、大丈夫なように見えるだけだ、病院は何がいるか解からんだろ。俺まで倒れたらどうするんだ。それでなくても、うちののおっかさんが寝ていて、うちのが倒れて、俺まで一緒に寝るのかよ。うちは家族三人なんだよ、みんな寝ちゃうじゃないか」

「いいんじゃないですか、大体の病気は寝てれば直るんですよ」

「それは違う、うちののおっかさんのボケは、何年にもなるが悪くなるだけで治らない」

「あっははは、そうですね。それで奥さんはどうなったんです?」

「病院は木曜が休みで、やってる所を捜して行ったんだけど、満員で混んでいるんだよ」

「えっ?土日が休みじゃないの。木曜も休みなの、それじゃ病院は混みますね。それで奥さんの具合はどうだったんですか?」

「原因が解からないから、四,五日様子を見ましょうで終わりだよ。うちへ戻って寝ているよ」

「ああ、大した事ないんだ。良かったじゃないですか」

「良くは無い。こんな大騒ぎをして、何でも無かったら良くは無い。それでなくても俺は、身体は強いが気が弱いんだから。どうしたらいいんだ」

「まあそうですけど」

「俺が倒れたらどうなるんだ。俺は気が弱いんだから」

「大丈夫ですよ。人は中々死にませんよ」

「お前癌になってよく生きてるなあ、癌になった奴が毎日タバコ吸って、何でお前は死なないんだ。俺だったらとっくに死んでるよ」

「何でなんだろうな、死ぬと思ったんですけどね。だから人は中々死なないって事ですよ」

「それは違う、俺の実のお袋は畑仕事に行って、次の日の朝死んでいた。死ぬ人はすぐ死ぬ」

「あははは」

「お前の所は息子が二人居て働いているが、うちの娘はイギリスに行って、まだ仕送りをしている。この頃笑うような面白い事が、何一つ無いんだよ」

「ああ、それは違いますよ。可笑しい事があれば、人はどんな時でも笑いますよ。俺の癌は握りこぶしぐらいもあったから、手遅れで手術しても助からないと思うと、何を見ても聞いても面白くなくって、面白い事は何にも無いと思っていたんですけど、手術の次の日"我々は地球人だ"ってテレビ番組を寝ながら見ていたら。ドリアンって凸凹した固い実を頭で割れると言うタイ人が出て来て、空中に投げて下から頭をぶつけるんですよ。頭の方が割れて血だらけになりながら、

"次は割る"って与太ってフラフラしながら頑張るんですけど、全然割れそうな感じが無いんですよ。

ドリアンって、砲丸投げの球に棘が付いているようなものですよ。それに頭をぶつけるものだから、可笑しくて笑いが止まらなくなっちゃって、笑いすぎると呼吸が出来ないじゃないですか。チンポの根元からへその上まで手術で切っていて、縫ったばかりで笑うと避けそうで凄く痛いんですよ。テレビから目を背けるんですけど、

"貴方には無理だから止めなさい"

"絶対に割る。おかしいなこんなに固くて割れないのは初めてだ"

とか言って、必死にドリアンを割ろうとする日本語に訳した声が聞こえて来るんですよ。

それでタイ人の男は血だらけになって大の字に伸びちゃったんですけど、あの時は、癌で死ぬ前に笑い死ぬかと思いましたよ。

人間は、何の希望が無くても、可笑しい時は笑ってしまいますね。あっははは、今思い出しても可笑しい、くっ、くっくくく」

「かっかっ、、、く、、くっ、、い、いいなあお前は、死にそうになっても笑える事があって、俺はこの頃笑った事が無いんだよ、かっかっ、くっくくく。つまんない事ばっかりだよ」

「ひっ、ひっ、ひひっ、だから、つまんない事でも笑うって、雨の日に俺だけ傘を持ってなくて歩いてた事があったんですよ。チョットだけ道が坂になっててスベって転んだんだけど。まあビシャ濡れだから転んでもどうって事はないんですけど、凄いドジじゃないですか。自分で自分のやった事が可笑しくなって笑っちゃったんだけど、笑いだすと止まらないんですよ」

「くっ、、、そんなので笑うのか、単なる馬鹿じゃないか。いいなあお前は、転んでも笑えて」

「いやいや、そういえば俺も、この頃笑った事が無いんですよ。生まれてから一回も笑ってないんじゃないかな」

「俺は気が弱いが身体が丈夫だから、人の面倒ばかり見てる。俺が倒れたら誰が面倒見てくれるんだ」

「あっははははははは、救急車にも乗りたくない人が、面倒見てるって言うんですか。飯は作った事あるんですか」

「くくっ、、でも乗って病院に行ったじゃないか」

「あっははは、そうですよ。自分の事しか考えない奴は、どうしようもないゲスなんですよ。そんな奴は世間に居ちゃいかんのですよ。俺なんか、自分の事しか考えてないとしか言えなくて、いつもゲスになっちゃって困っているんですよ」

「このままうちのが死んだら、又再婚出来るかなとか、もう一回結婚するなら、若くて身体が丈夫で気の強くないのがいいな、なんて事はチラっとも思わなかったよ」

「くっ、く くく、あっははは。」

「ああ、いかんいかん。お前の話は毒がありすぎる、連られて喋ってしまった。俺は身体は強いけど気が弱いんだから、いかん事を喋っちゃいかんのだ、ああ。」

手塚賞を手塚先生より年上の水木(しげる)先生が貰ったが、

「水木先生は片腕で良かった。両手があったら、絵を描きながらタバコが吸えるが、片腕なら、描いている時はタバコが吸えないので長生きが出来きた」

「くふ、そっちですか。強引にタバコに引っぱちゃうんだ」

お前は電話中に何本吸ったのだ、とお話は続くのでございます。

「ゴメンね。いつも夜中に酔っ払って電話して、すみません」

で終わる。

ちゃん!。

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