山松ゆうきちのボロ小屋 <立ちしょんべん>

オリンピック開催地決定 <2020年東京>


  オリンピック開催地決定  <2020年東京>

 

オリンピックの開催地が、東京に決まった。

なぜ?

オリンピックが嫌いなのではなく、開催されれば、それなりにテレビで見るのですが、

日本のようなスポーツの盛んな国が、立候補するのはおこがましいと思っていた。


前の東京オリンピックが開催されたのは、俺が16歳の時、

大阪の堺市の自転車のハンドルを作る会社に勤めていた。

従業員は20人か30人もいただろうか。

隔週日曜の、月に2日しか休みが無く、

毎月の残業は80時間を超えていたから、毎日が仕事をして寝るだけのような気がしていた。

8畳くらいの物置きを兼ねた着替え部屋に、5,6人が住み込み、夜の7時から11時過ぎまで、日によっては12時をこえるまで仕事をしていました。

終われば隅に積んである布団を出して、雑魚寝のように寝る。

新入りの俺は、入口のみんなが靴を脱いで履くそばの板間に、ゴザを敷いた上で寝ていたが、

朝の6時過ぎから7時前後には、従業員が出社してきて、その部屋で着替えるから寝てはいられない。

たまに日曜出勤もあった。


そんな忙しい中でも、オリンピックの聖火ランナーが大通りを走ると言うので、

仕事を一時中断してランナーが来るのを待った。

パトカーに先導された2,30人のランナーの、前を走る何人かが右手に聖火を持ってゆっくり、何処ともなく走り去って行った。

ただそれだけのあっけない事だったが、仕事の中断が嬉しかったように思う。

三宅が重量挙げで、片足を上げて金を取った。

回転レシーブで東洋の魔女と言われた、女子バレーが金を取った。

小野、遠藤、山下などが出場する体操も金を取った。

マラソンはアベベが優勝して、円谷が身体を振りながら苦しそうに3位に入った。

ラジオのニュースを聞き、許される範囲で実況を見るが、ほとんどは録画で見たように思う。

録画でも、日の丸が上がり、君が代が流れると、涙が出そうになるくらい感動したのを覚えています。


この頃、空手チョップの力道山が何者かに刺されて死に、サバ折り豊登が、4の字固めで日本を震撼させた、デストロイヤーを破ってチャンピオンになったと、仕事中にチラッと見たテレビから、そんな声が聞こえ驚いた。

見たい、テレビを見たい。

オリンピックを、ライブで生の実況で見たい。

2週に1回しか放映されない、プロレスを見たい。

休みたい、お金はいらないから休みたい。

毎日そう思って暮らしていた。

だからと言って、休みにやる事があるわけではなく、

映画を見に行くぐらいで、何にもすることはないのです。

これから先何十年も一生。この休みの少ない低賃金の仕事が続くのかと思うと、気の遠くなるようなつまらない人生が見え、ぞっとした。


部屋の真ん中に1つある、電球の下に箱を置いて漫画を描いた。

「おまえ漫画家になりたいのか、立派だね」

みんなは褒めてくれたが、暇を見ては箱を出して描く、俺を見るのが億劫になったのかも知れない。

「又描くのかよ」

面と向かっての非難はしないが、時にはうるさそうな邪魔くさそうな顔をされる。

従業員に嫌われていた、社長の親父さんの後妻になったと言う、奥さんに呼ばれて、

「みんなと同じように出来ないの」

2時間か、3時間もも説教された。

はかなく身の無い作業であっても、描かなければ将来の恐怖が俺を襲う。

テレビを見て楽しむ仲間達の横で、持込み用の漫画を描き続けた。

先進国と言われる国の仕事の多くは、サービス業と言うか、

娯楽にたずさわる人が多いと言う事だろうか。

スポーツや芸能などの楽しみは、どの国にもどこの地域にも満遍なく親しまれていると思うが、生活にゆとりがなければ、規模も楽しみ方も幅も小さく限定されるように思う。

国の発展を正義とするなら、東京オリンピックは日本の発展の、目に見える岐路の証だった。

日本で2度目のオリンピックの話が、時々に耳に入った。

何処の国で開催されようが、興味があるわけでは無いが、

心情として、発展途上間もない国にこそ、ふさわしいお祭りだと思っている。

年寄りの多い途上国など聞いたことが無い。

若者の多い途上国で、国を挙げての祭典が開催されれば、

多分、今の日本とは違い、かっての日本のように、熱狂度も目的や質も少し違うように思う。



インドに居た頃、次のオリンピックはインドでと言うパンフレットを見て、

候補地としてふさわしいと思ったが、いつの間にか消えてしまった。

インドのオリンピックのメダルは、12億の人口に比すれば驚くほど少ない。

ロンドンで6個.北京3個.アテネは1個。

スポーツが盛んとは言えない彼の国の、女性のスポーツは更に希薄だ。

少し前まで、買い物に行くにも夫の許可を取り、家族以外の男に顔を見せてはいけないと言われ、全身を布で包んで外出する。

9年前、下宿先の20代の奥さんは、客や親戚の男性が来ると、急いでサリーをかぶり顔を隠していた。

希望を持って暮らす事を正義とするなら、

つつましいインドの女性が、他の国の女性が裸に近い姿で、走って跳んで投げて持ち上げる競技を見れば、

オリンピックの出場は叶わない夢であっても、家に閉じこもった女性たちの、押さえる事の出来ない青春の証として、競技に挑戦する人が増えるような気がしたのです。


今の日本は、うんざりするほどにスポーツが溢れている。

多くはテレビで実況され、録画で放映され、

それなりの実力があれば門戸もひらかれている。

そんな日本でオリンピックが開かれるよりも、

道行きに、まだ頬かむりの頭巾を身に着ける女性がいる、

イスラム圏初のイスタンブールが、今回のオリンピックはふさわしいと思っていました。

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