カラス <インド版 瞼の母>
シナリオ
カラス
― 真っ黒い闇 −
少しずつ暗黒に光が差し、薄暗い空になる。
やがて陽が昇り。雪に覆われたゴッドウインオースチン山が
真っ白く輝く。
様々な顔を持つ白い山の頂、カラコルムから、遠くにヒマラヤの
山脈が見える。
―
白い山を下ると、積雪は少しづつ薄くなって、黒い岩地に変貌し、
ふもとの大地は、段々に青い草地に変わり、所々木が生える。
―
100メートル以上もありそうな、垂直に切り立った断崖の上から、
ソロリソロリと用心しながら、降りていく男がいる。
足元から少し離れたところに、小さな草花が1本咲いていて、
50歳くらいの、髭に覆われたいかつい黒い顔の目が吊り上がる。
<< カウナリー語 >>
男 「これは、10年に1度しか咲かねえと言う、オムロに咲く万能の
薬草“リュウの花”でねえかや」
男は、身をかがめて腕を伸ばし、花に触る。
上下に開いた2枚の長い花弁は、リュウが口を開けた姿に似て
いなくもない。
男 「間違いねえ、怪我にも病いにも効き、煎じて飲めば100歳までは
生きると言う、リュウの花だ」
やっとこ指先で草を掴んで引き抜こうとするが、
根は以外に長く1メートル近くもあるが、かまわず力まかせに
ズルズル引っこく。
男 「こ、こりゃスゲエや、10年に1度しか咲かないと言うが、こいつは
20年物だ。今日はついている、しばらくは楽が出来るぜ」
ニィーと笑みをたたえて尚も引っ張る。
根は、足を乗せていた石をよじれさせ、岩から離れて落ちる。
足場がなくなくなった足は、他の足場を探すが、
滑ってズルと落ちる。
男は必死に両手で岩を抱え、かろうじて引っかかる。
右手には引っこ抜いたWリュウの花”を持ち、左手を広げ
岩に乗った小石を掴むが、何の役にも立たない。
枯れ草を掴むが、根元から抜け、身体は少しずつ落ちていく。
男 「ああ、あああ、俺は死なない」
恐怖の形相で、持っていた“リュウの花”を顔に塗り
つけ、頭に塗り、花はぐちゃぐちゃになる。
「俺は怪我をしない、怪我をしてもすぐに治る、100まで生きるだ」
花の無い根で、せわしなく首を擦るが、
男の身体は、引っかかっていた岩から徐々に滑り、落ちて消えた。
男 「うわ〜〜〜〜〜」
―
綿の入った暑い服を来た、13,4歳くらいの少女パーテルは、
岩の間から、チョロチョロと流れる小川の水を、小さい桶に汲み、
大きな桶に入れる。
同じような格好をした少女2人と、紐を巻いた桶を頭に載せて、
切り立った断崖の岩を、水がこぼれないように気をつけながら
登り、凸凹した岩場に、足を取られないよう気をつけて歩む。
石ころだらけの狭い畑を、鍬を持ったお爺さんが耕している。
パーテル 「こんにちは、いつも元気ね」
お爺さんは手を止め、少女たちを見て、
爺 「毎日感心だね、怪我は無かったかい」
パーテル 「うん、怪我なんかしたら水が飲めないもん、らららん」
少女達は鼻歌を歌って、岩の突き出た細い道をくねって進み、
それぞれ自宅に向かって分かれる。
パーテルは、板屋根に石を乗せた、粗末な山岳の家に入る。
パーテル 「ああ、重かった、あれ、お父さんはまだ帰ってないの?」
―
山岳を下ると、岩肌を包む木が増え、
木は山を覆い、
細い川は徐々に太くなり、畑が多くなる。
ポツリポツリと点在していた家は、何軒か寄り添い、
5軒、10軒と村が点在する。
川べりの、煉瓦と石と土で造られた、古めかしい家の前で大声で
喚き泣いている子供。
母親が来て、叱りながらズボンを脱がせ、荒っぽく尻を叩く。
「パン、パン、パン」
川下で、牛に水を飲ませていた少年が、
母親に叱られた子供を、冷やかすように笑う。
母親は、前の小川でが汚れたズボンを洗うと、
小魚が寄って来る。
牛の巨大な尻が開き、大きなウンコを放出、
ドボドボと飛沫を上げて川に落ち、群がる魚。
大きな魚が寄って来て、ガバッと飲み込む。
ダダダダダダッダ。
突然、火を吹く銃口。
プシュッ、プシュッ、
弾は水面に当たり、飛沫が飛び散る。
ブッ、ブッ、ブッ。
「ウンモウ〜」
牛に当たり、悲鳴を上げ、ザバーと水の中に倒れる。
少年は、何事が起ったのかと、事態を把握できず、目を開き、
口を開け、驚き固まる。
ダダダダダ、バリバリバリ、
ド〜〜ン。ドカーーン。
大砲の弾は、道端で、家の近くで破裂する。
赤ん坊を抱えた女が、飛び出して右に逃げる。
絶叫しながら、左に逃げる子供。
パンツ姿で家から飛び出したものの、どこに逃げて良いのか解ら
ず、子羊を抱えて途方に暮れる老人。
ぎゃ〜、ぎゃ〜わめきながら、逃げ惑う村人。
古い単発の銃を持った老婆が、山を標的に打つ。
ぱーーん。
<< バハーリー語 >>
老婆 「ここはヒンドゥーの国だ、恐れるな戦え、今にインドの大軍が来る」
だだだだだ、バリバリバリ、
ブッ、ブッ、バン、ビシビシッ、ガバン。
弾丸は老婆の横を通って、花瓶を割り、壁を貫き、頭の上を通って
白髪をなびかせ屋根板を飛ばす。
老婆は銃を落として両手を上げる。
ー
山の向こうから、戦車、装甲車、迫撃砲等が現れ、
おびただしい数の中国兵が進軍してくる。
−
村人を囲む中国兵。
1人の兵が、銃の中ほどを掴んで、天に向かって差し上げる。
<< 北京語 >>
「我々は労働者の代表だ。この村は解放された、自由になったの
だ。偉大なる毛主席バンザイ」
村人 「バンザイ」
気乗りしない村人の小さな声に、中国兵は銃を上に向けて撃つ、
だだだだだだだだ、
中国兵 「毛主席バンザイ」
村人 「毛主席バンザイ」
銃は火を吹く。
ダダダダダダダダダダ、ダン、ダン、ダン。
中国兵 「毛沢東主席バンザイ」
村人 「バンザイ」
ダダダダダダダダ、
中国兵 「毛主席バンザイ」
村人 「毛主席バンザイ」
だんだんに村人の声が、大きくなり揃ってくる。
中国兵、村人 「毛主席バンザイ」
−
河は更に太くなり、町の中を流れる。
イスラム教、モスク。
庭には大勢の教徒が、メッカに向かって並んで座り、
太陽を仰ぐように両手を上げる。
<< カシュミーリー語 >>
「アッラー」
男達は揃って地に伏し拝む。
近くで、3人、5人と銃を持ったインド兵が、タバコをふかし、
何やら話をしながら、彼らをそれとなく見張っている。
ヒュ〜〜〜。 ドーーン。
ヒュ〜〜ン、ドカーン。
「うわー、ひえー」
「何だ、どうした、誰が撃っているのだ」
突然、爆弾がさく裂して、家が吹き飛び、
教会の屋根まで飛んでくる。
びっくりしてタバコを落とし、建物の陰に隠れ銃を構えるインド兵。
ヒューー、ド〜〜ン。
ヒューン、ドカ〜ン。
教徒 「うわー、ひえー」
「何だ、どうした、誰が撃っているのだ」
イスラム教徒達は一斉に立ち上がり、ちりぢりに逃げる。
ドーン、バァ〜ン、ドーン。
あっちの山、こっちの林とさく裂する爆弾。
四方八方に逃げ惑う住人。
赤ん坊を抱えて、何か叫びながら走る男。
子供の手を引き逃げる母親。
「パキスタンだ、パキスタンが来たんだ。銃を取れ、聖戦だ。
神と共に戦うのだ」
ババッン。
大声で、正義を叫ぶ男の顔が吹き飛び倒れる。
倒れた男のそばで、4,5歳くらいの男の子が泣いている。
ざざざざ〜〜、ドーン、ドーン。
うねり流れる川向うで、爆弾はさく裂する。
こぼれるほど荷物を積んだ上に、、子供を乗せた牛車や馬車。
あるいは手や背中いっぱいに、荷物を持った難民が、
音から逃げるように、ゾロゾロと足取りも重く歩み進む。
難民男 「どこへ行きゃいいんだ、逃げるったってあてもねえ」
難民は何処へ向かっているのか、
、
インダスの上流、サトラジ川から離れていき、
大砲の音は遠くに、段々に小さくなっていく。
< 1回目終わり、2回目、カラス 2 へ続く >