山松ゆうきちのボロ小屋 <立ちしょんべん>

  カラス  2     <インド版 まぶたの母 >



 
     カラス   2

   
       ー

       景色は川を離れ、山を越し、大地をこえて、草原を跳び、

       ガンジス河の上流ジャムナー川が現れる。

       のどかな田園風景。

       運河があり、ゆったりと流れる川に沿って並ぶ町の家々。
 
            手で水をすくって飲む親子がいる。

       奥さんたちはせっせと、鍋、皿、野菜を洗い、            
 
       川下では、牛や山羊が水を飲む。      
       
       沐浴をする大勢の人。

       一心不乱に魂を込めて神に祈りを捧げる老人。

       身体を清める女。顔を洗う男。水に潜る少年。

      ー
       川幅は更に広くなり、5階、7階のインド風のビルが建つ、
      
       都市の中をゆったりとジャムナー川は流れる。

      ー

       デリーの町を、カンカンと照らす太陽。

       発酵して、煙がくすぶるゴミ捨て場。

       ごみの中から、餌を漁るカラス。

       10歳くらいの少年が、棒を振ってカラスの群れを追い払う。

少年    「こいつら、何でも食いやがるから、始末が悪いや」

       カラスが食べ残した袋を破り、指でほじって旨そうに食べる。
      
       山と積まれたゴミ捨て場の、ゴミを選別する少年少女。
 
       その先にスラムが見える。

      ー
       スラムの脇を通る道路で、行きかう人や、止まった車に、

       物乞いをする少女。

       やる事が無いのか、道にたたずむ浮浪者。

      ー
       大勢が集まる商店街、バザー。

       バザーの屋根越しに、大きな寺院の屋根が見える。

       寺院の後方に、20階建ての高級マンション、
    
       マンションの名は、レンドロ。
     
      ー
       100円ライターに指を掛け、プシュッと火を点ける。

       ライターは、口に銜えたタバコに火を点ける。

       20歳前後の、まだ少年のような面影がある、薄い無精髭の男、
 
       ヒドルはイライラしたようにタバコを吸い、吐き出しては又吸う。

       <ヒンディ語>
 
ヒドル    「おせーな、来ねえんじゃねえのか」

       25,6歳のハブラは、爪を噛み、行ったり来たりしている。

       眼光は鋭く、目配せは怠らない。

ハブラ    「来なきゃ来ないで、次のチャンスを待てばいいさ」 

        白髪が交った、4,50歳くらい髭もじゃ男は、目で射るように

        マンション、レンドロを睨みながら、   

ジャパル   「次は無い、今日やれなきゃ、この計画は終わりだ」

        ヒドルは、タバコをふかし続け、

        ハブラは、せわしなく行ったり来たりを歩く。
   
        もう1人、30歳くらいの無精ひげの男、シンは少し離れて石に腰
      
        掛け、棒切れを持って何やら描いている。

ジャパル   「ナガルクッター(町の犬)って男を知っているか」

ハブラ    「そんな名の奴は、インドにゃ居ねえよ」

ジャパル   「いつもサングラスをかけ、白い帽子をかぶっているらしい。

        カロールバーグのラップに雇われたって話を聞いた。

        40センチもある長いピストルで、40メートル先に飛んでいる

        蝶を撃ち、40センチに開いた両手を叩く間に、銃を抜くと言う

        事だ。奴が居たらこの計画は失敗だ」

        ギョッとして不安そうな顔をする、ヒドルとハブラ。

ハブラ    「雇われたのは確かか、間違いないのか」

ジャパル  「さあな、噂だ」

ハブラ    「ははははは、そんな目いい腕のたつ殺しは、インドにゃ居ね

        えよ」

        ヒドルはヨレヨレのスーツをはだけ、ベルトに挟んだ銃をポンと

        叩いて押さえ、サッと銃を抜く。。

ヒドル    「早打ちなら負けねえよ」

        自身のありそうな顔で、座っているシンの方へ歩いて行き、

        隣に空いている石に腰を下す。

ジャパル   「むやみに銃を抜くんじゃねえよ」       


       −
        ポツリ、ポツリと雨が落ちて来た。

        ザ〜と降り出し、スコールはバチバチと地面を叩く。

        4人の男は、マンションを見張りながら、物陰で静かに待つ。

        シンが何かをつぶやくように、小さな声だ歌う。
        
シン      「キャ〜ウス〜、ナーレナクノォ〜、キャ〜ウスハウワ二〜、

         キャンンワイィコガアルカラヨ〜、キャンワイ、キャンワイィ

         テ〜、ナクンレ〜ヨ〜」

         歌は、バチバチ叩き降る雨の音に消される。

                
         小やみになった雨の中、

         黒いアメリカンコンチネンタルが、高級マンションレンドロの駐車

         場にゆっくりと入って行く。

ハブラ     「来たぞ」

         ジャパルの緊張した視線。

         腰を下ろしていたヒドルが立ち、シンも立ち上がる。

ジャパル    「行くぞ、5階の507だ」

         年配のジャパルを先頭に4人は、小走りにマンションの裏へ走          る。
         
        −
         門には、うっとうしそうに雨具を着た警備員が2人立っている。
         マンションの中からもう1名が門を見ている。      
         門の近くの塀は3メートルもあり、歩道には植林された木が等間         隔に並ぶ。
         途中一段低くなっている塀の横に置かれた木箱が5つ、それを         3段に重ねて足場にし、4人は塀の中に入るが、
         警備員からは木が邪魔で見えない。
         
         建物に入り、
         階段を上る。

        ー

         マンションの地下駐車場。

         コンチネンタルはゆっくり停車して、前と後ろのドアが開く。

         グレーのスーツを着た、いかにも怖そうな大男のボディガード

         2人が、前と後ろから降りて、ドアを勢いよく同時に閉める。

         バッタン。

         後ろの座席に乗っている、50歳くらいの耳から頭のてっぺんま
       
         で禿げ、マリオのような立派な髭を蓄えた小太りの小男ラップ

         は、ドアの勢いに驚いたように口を歪めて、片目をつむり、肩を    
         上げてドアと反対側に、コテンと転びそうになり、足を上げてバラ

         ンスを取る。

         前から降りたボディーガード1は、もう一つの後ろのドアを開け、         腰を曲げて丁重にお辞儀をする、

         禿の小男ラップが、偉そうに天井を仰いでふんぞり返って   
         
         出て来る。

         ビシャ。

         水たまりに足をおろし、跳ねた泥がズボンの裾を汚し、靴にも

         ベットリと水に混じった泥水が付く。。

ラップ      「車のドアのは、ゆっくり閉めろと言ってるだろ」

ボディガード1、2 「申し訳ありません、以後気をつけます」

          2人は、深々と頭を下げる。   

ラップ      「何故にここに車を止めた、気配りの無いやつだ」

          ズボンの裾を指さし、ふんぞり返る。

          ボディガード1は、胸からはハンカチをスッと抜き、頭の上で1

          回転させて、ラップのズボンの裾を拭き、靴の泥をぬぐう。
      
          磨き用のチューブを出してハンカチに塗り、黒靴を磨く。
         
          ラップが振り向くと、まだ開いている車のドアを見て、ムッとし           た不快な顔をし勢いよくドアを閉める。          
                 
          バッタン。
          
          パカッ。

          反対側のドアが開く。

          ボディガードは急いで、反対側に回ってドアを閉める。
      
          バン。

          パカッ。

          さっき閉めたドアが開く。

          ボディガード2が、開いたドアを閉める。

          バン、

          パカッ。
   
          反対側のドアを閉めると、元の閉めたドアが開く。

          ボディガード2人は、そお〜と音がしないように、左右同時に

          閉める。

ラップ      「まだ直していないのか、馬鹿たれどもが。私は金に困っている

          わけじゃないんだ。ステータスが落ちれば、清らかで正しくクリ
   
          ーンなイメージに傷が付く、車の整備一つが出来ん、気のきか
  
          ん脳なし共だ、馬鹿たれが、私を選挙で落としたいのか」
 
          気は短く、喋っているうちに段々に興奮して、背の高いボディ  
          ガード2に向かって仰向き、身体を押し付け、満面の怒りで震

          え、泡を吹かんばかりに怒鳴る。 

          その剣幕に驚いた運転手は、慌てて車から出てきて、ボディ

          ガードと3人並んで頭を下げる。

ボディガード1,2、ドライバー  
   
          「マーフキーゼー、ティーン(すみません、×3)」

          ラップは天を仰ぎ、軍隊の将軍のように前足を蹴り上げ歩む。

          ボディガード2人が後に続く。

          やれやれといった感じで、車に入りドアを閉める運転手。

          バタン。

          パカッ、パカッ。

          前のドアを閉めたら、後ろの左右のドアが2つとも開き、

          運転手は急いで後ろのドアへ行く。

          小さな箱が転がっていて、ラップは歩きながら蹴飛ばす。

          重い物が入っているのか、箱は動かずつんのめり、たたらを踏 
          んで、エレベーターの横の壁の角に、頭をぶつけてうずくまる。

ラップ       「う〜〜〜っ」

           ボディガード1は、先ほどの靴を拭いたハンカチを、パッとポ

           ケットから抜きラップに差し出す。

           ラップは、そのハンカチで痛い頭を押さえるが、顔に泥が付

           き、怒ったようにハンカチを投げ捨てる。

           後ろのドアを閉めた運転手は、急いでラップの所へ行こうと

           するが、ラップがつまずいた同じ箱につまずいてつんのめ

           り、背の低いラップの頭に、大木金太郎の1本足ココバットの

           ように、自分の頭をぶつけてしまう。

ラップ        「ウッ」

            膝を折ってしゃがみ動かない。

ボディガード1   「大丈夫ですか」

ラップ        「わ、、、わ、、私を誰だと思っている、ラップ様だぞ。こんな

            所に箱を置いたやつを調べろ、ぶっ殺してやる」

            目は血走り怒りに身体が痙攣している。
        
                              <2回目 終わり>

                 カラス  1    カラス  3
                         
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