山松ゆうきちのボロ小屋 <立ちしょんべん>

カラス 4


 

         カラス 4 

       _

        ファン、ファン、ファン、ファン。

        雨の中を何台も連なって、パトカーが急ぎ走る。

       −

        ピーポー、ピーポー、ピーポー。

        救急車が行き、消防車も来る。

       ―

        パトカーはマンション、レンドロの地下駐車場で止まり、

        ゾロゾロと、警察官があわただしく車から降りてレインコ

        ートを着、先着した警察官が無線を使っている。

警察官    「マンションに着いた、何事もないかのように静かだ。これから5

        階の現場に向かう」

        

       ―

        地下駐車場。

        アメリカンコンチネンタルの中に居る、運転手のガードマン3は、

        ネクタイをゆるめてシャツをはだけ上着を脱いで、1人ラジオを聞

        き、呑気に鼻歌を歌っていた。

運転手    「アメ雨あめ、もっと降れ〜。何故に暑いインドに雨が降る〜。

        知らなきゃ教えてあげましょう。海より大きな鯨が、ガンガーを昇っ

        て来るからさ〜、ふっふふん」

        小銃を持った警察官が、指先で窓をコンコンと叩くが気が付かず、

        小銃でゴンゴン叩いても気づかず、窓が割れるほどに強く叩く。

        ビックリして振り向いた運転手は、警官の多さに驚き、慌ててゆる

        めたネクタイを締め窓を開ける。

運転手    「何の騒ぎだ、俺の歌が聞きたいなら金を貰うぞ」

警官     「いつからここで歌って居る。お前の声が聞こえたんだろう、ラップ

        様は、頭が痛くて寝込んでいるようだぞ」

        キョトンとする運転手。

   

       −

        5階の507の部屋のドアの周りは、警官に囲まれ、血だらけにな

        ったラップが、担架に乗せられて運ばれる。

       ―

アラハ    「わっははははは、こんな愉快な事は無い。ありがとう、よくやって

        くれた。これで町は平和になる。今夜から枕を高くしてぐっすり眠 

        れる。ささっ、残りの金だ」

        パジャマに腰布のドーティーを巻いた、でっぷりと超えた男アラハ

        は、テーブルにかぶせている布を取ると、仰々しく盆が4つ並べら

        れていて、それぞれの盆には、1000ルピー札を 50枚ずつが

        輪ゴムでくくられ置かれている。

        いかにも勿体ぶって札の束を取り、うやうやしく1人ずつに渡す。

        松葉づえを突いて、はだけた新しいシャツの下は、胸も腕も包帯を

        グルグルに巻き、首から腕を吊るしたジャパルは、片手を出して

        頭を下げて札束を頂く。

アラハ    「お疲れさん」

        ハブラとシンは両手で貰い、同じく首から腕を吊ったヒドルも受け

        取る。

       ―

        コップにワインが、トクトクとなみなみに注がれ、

アラハ    「さあ乾杯だ、あっはははは」

        アラハは、ワインの入ったコップを差し上げ、

        4人はそれにならって高く上げる。

       −

        ドアが開き、あわただしく入って来た男は、小走りでプラハに近づ

        き、

幹部     「テレビを点けて下さい。ラップは死んでいません」

        ワインを飲もうとしていた、アラハの笑顔が止まる。

アラハ    「なにい」 

       −

        テレビに映った、マンション、レンドロ。

        雨はしとしと小雨になっていた。

        レインコートを着た警官が物々しく警備をする前で、マイクを持って

        話す女性アナウンサー。

アナウンサー女 「頭、胸、腹などに、5発の銃弾をあびたラップ氏は、病院に 

        運ばれて手術を受けています。極めて重体であり、生死について

        は予断を許さないと言う事でした。3人あるいは4、5人の男に襲

        われたと思われますが、警察は特別本部を設置して、総力を上げ

        犯人の割り出しに当たると言う事です」

      ― 

        チャンネルを切り替える。

アナウンサー男 「この銃乱射による殺人事件は、白昼堂々と決行され、一緒 

       に居て巻き添えになった女性は、腹と頭部を撃たれて即死。又ラ 

       ップ氏を警護するボディガード2名も、銃弾を浴びて即死だったよ 

       うです」

       −

アラハ     「なぜ止どめを撃たなかった。確かめなかったのか」

ハブラ     「信じられない、シンは奴の頭を飛ばした。俺も胸に弾を撃ちこん 

        だ」


         アラハはワインの入ったグラスを投げつける。

         ガシャン。

アラハ     「どじりやがって。金を置いて出て行け」

         4人の男は沈黙し、ジャパルが眼光鋭く眉間に皺をよせ、シャツ

         をめくってズボンの左右に差してある、2丁の銃を出してアラハ 

         に詰め寄る。

ジャパル    「やれるだけの事を精一杯やった、当然の報酬じゃないか」

         タジッとするアラハ、

ハブラ     「奴は死ぬ、間違いねえ」

アラハ     「す、すぐに街から出て行け、二度とここには来るな。解っている

         な、私とお前たちとは何の関係もない。会った事も無い、どんな

         事があっても口を割るなよ」

         ジャパルはズボンに刺したマグナムを抜いて、テーブルに置く。

ジャパル    「アンタから借りた銃だ」

       −  

         もう雨は降っていない。

         暗い路地裏を、背中を丸めて歩く4人の男。

ジャパル    「ムンバイへ行く、来るか」

シン       「4人でつるんじゃ目立つ、俺は東へ行ってみる」

ジャパル    「あてはあるのか」

シン       「さあな、何とかなるものさ、今までそうだった」        

         路地から大通りの歩道に出て、ハブラと松葉杖のジャパルは右

         に曲がり、

ジャパル    「じゃあな」

         手を上げて去る。

         シンも手を上げて答え、彼らとは反対の左に曲がる。

         シンの後には、包帯を巻き腕を吊ったヒドルがついて行く。

ヒドル     「兄ぃ、どっかの町へ行ったら、博打でもして女買って、しばらくは

         のんびり暮らそうぜ」

シン      「金は使えば無くなる、大事に使うものだ」

ヒドル     「無くなったら、又稼げばいいじゃねえか。使わなきゃタダの紙だ

        ぜ」

        不満一杯に痛くない方の手を広げるが、シンは答えず先を歩く。

ヒドル     「ケチ」

      

       ―   

        焼け付くような太陽。

        建物が陽炎で揺れ、

        水道管が破裂し、水が空に向かって噴出している。

        噴出した水の溜まった場所で、半裸の子供は水をかけあって遊 

        ぶ。

        その先で、腰巻や半ズボンの男たちが道路工事をしている。

        子供たちが、ワッと逃げると、土砂を満杯に積んだトラックが、水 

        溜りをザバーとはね散らして通る。

        −

         道路工事事務所。

         入口のドアには、ヒンド―の神ガネーシャの顔が半分破れた大

         きな紙の上に、もう1枚粗末な字で書かれた紙が貼ってある。

        ―

         作業員募集、即断、即決、高級優遇、快適な寮完備。          

        −

          作業着の胸を開き、椅子にダラーともたれかかって茶をすする

          髭男。

髭男        「どこから来たんだ」

シン        「デリーです」

髭男        「もっと北だろう、ムスリムか」

シン        「いえ違います」

髭男        「1日に4回も5回も拝まれちゃ仕事にならねえんだよ。イスラ 

          ムはいさかいの元だ、俺はもめごとが嫌いだ」            

          シンの隣で、イライラしながら聞いていてヒドルが、たまりかね

          たように怒鳴る。

ヒドル      「俺たちはムサルマーンじゃないって言ってんだよ」

          髭男はびっくりして、飲んでいた茶をこぼしそうになる。

髭男       「アチッチ、人手はワンサカ余っているんだよ、雇わねえ、よそ

          へ行ってくれ」 

         −

          2人は、空き地の掘っ建て小屋の事務所から出る。

シン        「ここも駄目か、次の町へ行ってみるか」

          ヒドルは、転がっていた棒きれを蹴飛ばそうとするが、から振り

          で、履いていた靴が飛んでいく。 


          トラックや普通車を避けながら、車道に出て靴を履き直し、シン

          の後をトボトボついて行く。 

       ― 

         広い川の向こう岸には、工場が並び煙をなびかせ、

         ドボドボと排水管から汚水が流れ出している。

        −

         大小の倉庫が並ぶ、小さな船着き場。

         何人かの男達が、小船から下ろした荷物を、軽トラに積み込む

         作業をしている。

        −

         道路から倉庫への車の出入りは割りと多く、トラックの他にワ

         ゴン、トレーラー、コンテナ等が出入りする。

        −

         船着き場の片隅で、40歳くらいの精悍でたくましそうな男、 

         リーベルが、シン、ヒドル等与太者風の男5人に、図面を広げて

         説明する。

リーベル    「駅から真っ直ぐに道路を通して、2キロ上流に新しい橋を造る

         計画だ。そんな事をされたらここの倉庫はいらなくなっちまう。 

         俺達は食いっぱぐれてしまわ。お前たちも失業だ。

         ここは1000年も前から、俺たちが守って来たテリトリーだ、縄張

         りの権利をやるわけにはいかねえ。ここが奴らの飯場と事務所

         だ。かまわねえから叩き壊して油をまいて、火を点けて焼いて来

         い」

与太者1    「荒っぽいな、もめるぜ」

リーベル    「見つからねえようにやるんだ、終わったら連絡をくれ、金を払 

         う」

与太者2    「失敗したらどうする」

リーベル    「仕事をしない奴に払う金はねえよ」

        

       −

         夜、半月が出ている。

         川には、新しい橋を造るために、臨時に設営された太い橋脚

         が、何本か向こう岸に向かって立ち、棒杭は等間隔に対岸まで

         打たれている。

        ー

         200メートルほど上流に、鉄骨やら板やらブロックやらが乱雑に

         積んであり、そばにトラックとユンボ置かれている。

        ー

         2階建ての仮設の詰所から明かりがもれていて、

         横には、乗用車が1台と測量機器などが置かれ、

         男が酒を飲んでいるのが見える。

         奥では2人がトランプをしていて、横にテーブルで若い男がパソ

         コンんをいじり、ニヤつきながら事務をとる。

        

       −

         5人の男が、草むらに身を屈めて中の様子をうかがう。

         それぞれにハンマーや鉄棒を持ち、ガソリンの入った缶が4つ

         ある。

与太者1    「中に4人も居るじゃないか、壊すのは無理だ」

与太者2    「ガソリンを撒いて火を点けりゃ、たちまちに全焼する」

与太者3    「それで行こう。ドジるな、気づく前に素早く逃げるんだ」

         与太者男3人は、低い姿勢で建物に近づく。       

シン       「お前は腕をやられている、ここで見張っていろ」

         シンは、ヒドルの持つガソリンの入った缶を取り、2缶持って3人

         の後を追う。

        ー

         油を建物にかけ、まき散らす4人の男。

       ―

         2階の窓から、下の異変に気付いた男が、窓から銃の先を出し

         て狙いをつける。

       −

与太者1    「撒き終わったら下がれ、火を点けるぞ」

         ライターで紙に火を点ける。

       ―

         バキューン。

       −

         与太者1の胸から血が飛び、

         ストンと腰を落とし倒れるが、

         持っていた紙を落とし、流れたガソリンに引火した。

       −

        バキューン。バキューン。

       −

        足下に銃弾が飛び、与太者2の腹に当たってうずくまる、

        顔を上げて痛そうにするが、うつぶせで頭をついて動かない。

       −

        燃える炎を後に、逃げる与太者3とシン。

       ―

        バキューン、バキューン。

       ―

        2階から小銃を持った男が叫ぶ。

男1     「裏だ、2人やった、あと2人居る」

       −

        こん棒や鉄管やスコップを持った、5,6人の男が出てきて2人を 

        追う。

        その後ろから拳銃を持った男が撃つ。

        バコーン。

        更に後ろから、小銃を持った男が撃ち、

        2階からも撃つ。

        バキューン。バキューン。

       −

        必死に逃げるシンと与太者3.

        バコーン、バキューン。

       ―

        待っていたヒドルの近くに着弾し、土と草が飛ぶ、

        3人は、機材の横を一目散に走って逃げる。

       − 

        バキューン、バキューン、バコーン、バコーン。。

       ―

        キューン、ブシュッ、バスッ。

        鉄材に当たり、木が欠け、立てかけていた板が飛ばされる中を、

        3人は走る。

       −

        シンは木立を、草原をジグザグに縫って逃げ、

        ヒドルが後を追う。

       ―

男の声    「こっちだ、まだ3人居る。向こうへ回れ、逃がすな」

       −

        シンとヒドルは川に飛び降り、スネまである水をジャブジャブ切っ 

        て進む。

男の声    「川だ、川を見ろ」

       −

        堤防に身を寄せ、ヒドルは息を切らせながら、シャツをたくし上げ 

        て銃を出す。

ヒドル     「はあ、はあ、バカヤロ、舐めやがって、ぶっ殺してやる」

        銃を上げて身を乗り出す。

        バキューン、バコーン。

        バッ、ダッン。

        先に撃たれ、弾こんが顔の前の小石を飛ばし、慌てて身を引く。

ヒドル     「いっちぃ〜」

        小石の破片が当たった顔を手で押さえる。

シン      「大丈夫か」

        シンも銃を出して撃ち返し応戦する。

        バコーン、バコーン。      

男の声    「銃を持ってやがる、気をつけろ。川下へ回れ、船を回せ囲むん 

        だ」

ヒドル     「兄ぃ駄目だ、相手は大勢いる。話が違うぜ」

シン      「あっちへ行こう、ついて来い」

        シンが堤防沿いに移動すると、

        バキューン、バクュ―ム、ダーン、ダーン。

        パシュッ、プシュ、パシュン。

        銃痕の水しぶきが、シンの後を追いかける。

        ヒドルは足が動かず、土手にへばり付いて動けない。

シン      「死にてえのか、来い」

        ダダ―ン、バキューン、バキューン。

        バシュッ、バシュ、バン、プシュ。

        銃弾の中、引き返したシンは、ヒドルの襟首を掴んで引っ張って 

        行く。

       ―

        川は本流と支流に分離していて、

        堤防沿いの支流には、小川に水を引く堰堤が設けられ、開けられ

        た堤防下の大きな水門の先は、トンネルで何も見えない。

ヒドル     「兄い、こっち」

シン      「そっちは、出口で奴らが待っている」

        トンネルを指さし行こうとするヒドルを、シンは止め、

        首までつかって水門を横切る。

       ー   

        新しい橋を架けるために仮設された、太い橋脚の上の板橋には、

        見張りが立ち一面を見ている。

        板橋の下は陰になり暗く何も見えない。      

        シンとヒドルは水を揺れさ無いように、陰に沿ってゆっくりと進む。

        茂みに隠れ、落ちている1メートルほどの板切れを拾い、

        静かに本流に入る。

ヒドル    「兄い、深けえや、泳げねえ、溺れちまうよ」   

シン     「俺の肩にしがみつけ」

       −

        船が何艘か来て、シンとヒドルが居た堤防下や、水門近くを探っ

        ている。      

       −

        2人は、川の深みに入り流されて遠ざかる。            

                  

       −

        岸に上がって、土手を這い上がり、

        車が通ると身を伏せ、人が通り過ぎるのを待つ。

       −

        土手を滑るように下りて、走る、息せき切って走る。

シン      「はっ、はっ、はっ、ひっ、」

ヒドル     「はひっ、はひっ、はあ、はあ、はひっ」

        時々後ろを向き、追跡の無い事を確かめ走る。

       −

        ゼエゼエ、ヒイヒイしながら、シンは両膝に手をつき、ヒドルは草む

        らに仰向けになって、切れた呼吸をととのえる。

      −

        町はずれの細い道を急ぐ2人。

      −

        まばらな人家を避け、畑道を林にそって急ぐ。

ヒドル     「どこに行くんだよ」

シン      「出来るだけ遠くだ、ここから離れるんだ」

ヒドル     「バスもあるし電車もある。ここまで来たら大丈夫だ。兄いは用心

        深過ぎるよ」 

        シンは答えず、1人ズンズンと先を歩く。

        <カラス 4  終わり>

           









     

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